おはようございます!
更新時間が遅れまして、すみません。
今日は、今思うことについてお話ししたいと思います。
私が大好きで、初期シリーズからずっとみてきた番組「テラスハウス」に出演されていた、木村花さんが、22歳の若さでお亡くなりになられました。
謹んで、ご冥福をお祈り致します。
このニュースが飛び込んできたのは、土曜日の午前中だったと思います。
休日でまったりしていたところに、とても信じられないニュースでした。
Yahooニュースで目にしたのですが、「エッ」と声が出てしまいました。
すぐに彼氏に連絡して(彼もまた、一緒にテラハをみてきました)、自分も色々調べましたが情報は少なく、彼女の更新していたSNSをたどることくらいしか、その時はできませんでした。
この土日はずっと花ちゃんのことが頭にあって、元気の象徴のような彼女と死がどうしても結び付かず、ずっと気持ちがフワフワした状態でした。
2日ほど経った今思うことは、大きく分けて2つです。
1つ目は、「人の行動や発言に対して意見を持つことは当たり前のことだけど、その人の人格や存在までジャッジするのはおかしい」ということ。
2つ目は、「世間が動き出すのは、いつも誰かが命を落としてからで、それでは遅い」ということです。
テラスハウスはありのままの人間模様をみせる番組だと思うので、出演者の行動や発言、ものの考え方に視聴者が様々な思いを抱くのは普通のことだと思います。
応援と同じように、「もっとこうしたらよかったんじゃないか?」と本人に意見を寄せたくなるのも、分かる部分があります。
私自身、テラハの出演者たちのことは誰一人顔見知りではありませんが、街で見かけたら普通に声をかけてしまいそうになるとおもいます。それくらい、勝手に親しみを感じている存在です。
一方的に知っているだけなのに、友達みたいな感覚を持ってしまいそうになります。
これも一種の麻痺ですが、視聴者が一方的に正義を振りかざして演者を攻撃するのも、麻痺した感覚だと思います。
全てをみている訳ではなく、番組としてまとめられたストーリーをみただけなのに。
フィクションとノンフィクションのギリギリのラインを攻めた番組であること、その上で編集された映像をみている、という認識を視聴者がもっと強く持たないといけなかったのでは?と思います。
番組側が、「台本は一切ございません」と明言しているので、視聴者が全てのやりとりをみた気になるのは仕方がないのですが。
1つの番組を見る姿勢を、視聴者として考えさせられるこの数日間でした。
こんな悲しいことはもう2度と起きて欲しくないので、自分にできることは何かを考えていきたいと思います。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
それでは!